原詩:ヴィルヘルム・アレント(Wilhelm Arent/ドイツ)
訳詞:上田 敏(うえだ びん)
作曲:信時 潔(のぶとき きよし)
発表年:1917年(大正6年)
「わすれな草」は、ドイツの詩人ヴィルヘルム・アレントの詩を上田敏が訳し、信時潔が作曲した日本歌曲です。1917年(大正6年)に発表された作品で、信時潔の初期の歌曲作品の一つに数えられます。
題名の「わすれな草」は、青い小さな花を咲かせる植物で、「忘れないで」という意味を象徴する花として知られています。歌詞では、流れの岸に咲く一輪の花を中心に、青い空や水面、波などの情景が描かれています。自然の美しさの中に、はかなく消えていくものへの哀感と、忘れずに心にとどめたいという思いが感じられる作品です。
上田敏は、明治から大正期に活躍した詩人・翻訳者で、西洋文学を日本に紹介した人物として知られています。原詩の情緒を日本語の美しい響きに置き換えた訳詞は、信時潔の繊細な旋律とよく調和しています。
信時潔は、日本歌曲の発展に大きな功績を残した作曲家です。「わすれな草」では、簡潔で落ち着いた旋律の中に、花や水辺の静かな情景と、淡い哀愁を表現しています。派手な表現ではなく、言葉の意味を大切にしながら音楽で詩情を描くところに、この作品の魅力があります。
わすれな草
わすれな草 訳詞:上田 敏/作曲:信時 潔
流れの岸の 一本(ひともと)は
御空の色の 水浅葱(みずあさぎ)
波ことごとく 口づけし
はたことごとく 忘れゆく
水浅葱(みずあさぎ)= 「水色がかった浅葱色」のことで、緑がかった明るく薄い青色のこと。
「忘れな草」 名前の由来
ところで「忘れな草」はなぜその名が付けられたのでしょうか、それはウィルヘルム・アレントの母国であるドイツの悲しい伝説が元になっています。
昔、騎士ルドルフはドナウ川の岸辺に咲く花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りました。ところが足を滑らせて川に落ちてしまいます。しかし彼は最後の力をふりしぼって手につかんだ花を、彼女に向かってこう叫びながら投げました。
「Vergiss-mein-nicht」(僕を忘れないで)残された恋人ベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名にしたのです。この伝説から、忘れな草はドイツでは「Vergiss-mein-nicht」と呼び、英語も直訳の「 Forget-me-not」です。花言葉の「真実の愛」「私を忘れないで下さい」も、この伝説に由来するものです。
日本では明治時代に植物学者の川上滝弥によって、「勿忘草」「忘れな草」と訳されました。
(参考資料:Wikipedia ワスレナグサ)

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