竹取物語(貴志康一)

ピアノ、バイオリン曲

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作曲者:貴志康一(1909~1937)
曲名:竹取物語
作曲年:1933年
初演:1933年12月、ベルリン
編成:ヴァイオリンとピアノ
題材:日本の古典文学『竹取物語』
特徴:日本的な旋律や情緒を、ヴァイオリンの技巧を生かして表現した作品

貴志康一「竹取物語」

「竹取物語」は、日本の作曲家・ヴァイオリニストである「貴志康一(きし・こういち)」が作曲したヴァイオリン曲です。貴志康一は1909年に生まれ、ヨーロッパでヴァイオリンや作曲、指揮を学び、日本の伝統や文化を題材とした作品を数多く残しました。

「竹取物語」は1933年(昭和8年)に作曲され、同年12月にベルリンで初演されました。当時、ベルリンで音楽活動を行っていた貴志自身が演奏したとされ、「月」「水夫の唄」「竹取物語」などのヴァイオリン曲とともに発表されました。翌1934年には、これらの作品がドイツで出版されています。

ベルリン在住時の貴志康一(左側)

題材となっているのは、日本最古の物語文学の一つとして知られる『竹取物語』です。竹の中から見つかったかぐや姫が成長し、五人の貴公子から求婚され、やがて月の都へ帰っていくという幻想的な物語を、貴志康一はヴァイオリンとピアノによる音楽で表現しています。

この曲では、ヴァイオリンの美しい旋律によって、日本的な情緒や幻想的な雰囲気が描き出されます。一方で、単なる昔話の音楽的な再現ではなく、ヨーロッパで学んだ貴志康一の西洋音楽の技法と、日本的な題材が結びついているところに大きな魅力があります。

「竹取物語」が特に知られるようになった出来事として、1949年(昭和24年)、湯川秀樹博士のノーベル物理学賞受賞後の晩餐会でこの曲が演奏されたことが挙げられます。貴志康一は1937年にわずか28歳で亡くなっていましたが、死後12年を経てもヨーロッパでその音楽が記憶されていたことを示す出来事でした。

若くしてヨーロッパで活躍し、日本の文化を西洋音楽の中に取り入れようとした貴志康一。その代表的な作品の一つである「竹取物語」は、日本の古典文学と近代的なクラシック音楽を結びつけた、貴志康一の個性をよく伝える作品といえるでしょう

竹取物語(貴志康一)


「貴志康一」は1935年に帰国した後、指揮者などとして活躍する。1936年には3回、日本でベートーヴェンの第九を指揮している。その内の1回は新交響楽団(現NHK交響楽団)2月19日146回定期演奏会におけるもので、日本初の暗譜指揮による「第九」演奏となる。

しかしこの年に虫垂炎をこじらせ、1937年11月、腹膜炎の為、28歳で死去した。

貴志康一の「他の作品と解説」

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