鉄道唱歌(東海道編)

流行歌・民謡・古謡

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作詞:大和田建樹(おおわだ たけき)
作曲:多梅稚(おおの うめわか)・上眞行(うえ さねみち)
発表年:1900年(明治33年)

「鉄道唱歌」は、明治時代を代表する唱歌の一つで、「汽笛一声新橋を」の歌い出しで広く知られています。第1集「東海道編」は、明治33年(1900年)5月に『地理教育鉄道唱歌』として刊行されました。作詞は国文学者・大和田建樹、作曲は多梅稚と上眞行が担当しています。

東海道編は全66番からなり、当時の新橋を出発点として、東海道を西へ進み、神戸までの鉄道沿線を歌にしています。歌詞には、駅名だけでなく、富士山、箱根、浜名湖、熱田、京都、大阪など、沿線の名所・旧跡や土地の風物が次々と登場します。

この歌の大きな特徴は、単なる旅行の歌ではなく、歌を楽しみながら地理や歴史を学べる教材として作られたことです。当時、鉄道は日本の近代化を象徴する新しい交通機関であり、その鉄道に乗って各地を旅する感覚を、歌によって子どもから大人まで身近に感じられるよう工夫されていました。

「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり」と始まる歌詞は、汽車が新橋を出発し、車窓に広がる風景を眺めながら東海道を進んでいく旅情を巧みに描いています。駅名や地名を数多く織り込みながら、名所、歴史、産物などを次々に紹介するため、まるで一曲の歌で東海道を旅しているような楽しさがあります。

また、各集には複数の楽譜が付されましたが、第1集では特に多梅稚の作曲による旋律が広く親しまれ、現在まで「鉄道唱歌」として歌い継がれています

「鉄道唱歌」はその後、第2集「山陽・九州編」、第3集「奥州・磐城編」、第4集「北陸編」、第5集「関西・参宮・南海編」へと続き、1900年のうちに全5集が刊行されました。各地の鉄道沿線を歌にしたこのシリーズは大きな人気を集め、近代日本における鉄道と旅行文化の発展を象徴する作品となりました。

「鉄道唱歌(東海道編)」は、鉄道の発展、地理教育、旅行への憧れ、そして明治時代の日本の風景を一つの歌の中に凝縮した作品です。今日聴いても、汽車に乗って新橋から神戸へ向かう旅を追体験するような、明治の日本ならではのロマンと活気を感じさせてくれる唱歌です。

鉄道唱歌(東海道編)

鉄道唱歌(東海道編)     
作詞:大和田 建樹
作曲:多 梅稚

 1 
汽笛一声 新橋を
はやわが汽車は 離れたり
愛宕の山に 入り残る
月を旅路の 友として

2 
右は高輪 泉岳寺
四十七士の 墓どころ
雪は消えても 消え残る
名は千載の 後までも 

 3   
窓より近く 品川の
台場も見えて 波白く
海のあなたに うすがすむ
山は上総か 房州か

4 
梅に名をえし 大森を
すぐれば早も 川崎の
大師河原は 程ちかし
急げや電気の 道すぐに

5 
鶴見神奈川 あとにして
行けば 横浜ステーション
港を見れば 百ふねの
煙は空を こがすまで 

        6~65 省略

66 
明けなば更に 乗りかえて
山陽道を すすままし
天気はあすも 望あり
柳にかすむ 月の影  

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