ペチカ

童謡・唱歌

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「ペチカ」は、北原白秋作詞、山田耕筰作曲による唱歌で、大正13年(1924年)に発表されました。南満洲教育会が編纂した『満洲唱歌集・尋常科第一・二学年用』に掲載された作品です。

「ペチカ」とは、ロシアなどで使われてきた暖炉を兼ねた暖房設備のことで、寒さの厳しい地域では人々の暮らしに欠かせないものでした。この歌では、雪の降る寒い夜にペチカを囲み、暖かな火を見ながら昔話をしたり、外から来る客を迎えたりする、心温まる冬の情景が描かれています。

この曲が生まれた背景には、当時の旧満洲(現在の中国東北部)で暮らす日本人の子どもたちのための唱歌を作ろうという動きがありました。南満洲教育会は、日本の風土を題材にした従来の唱歌だけでは現地の生活に合わないため、北原白秋や山田耕筰らに新しい作品を依頼しました。「ペチカ」は、その依頼によって生まれた作品の一つです。

歌詞に登場する「栗や、栗やと呼びますペチカ」という場面も印象的です。寒い冬の街で売り歩く焼き栗などの声を思わせる描写で、遠い異国の冬の暮らしを感じさせます。また、寒い冬の後には「じき春来ます」と歌われ、雪の季節の中にも春への期待と明るい希望が込められています。

作詞者の北原白秋(1885~1942)は、『赤い鳥』などを中心に数多くの童謡や詩を残した近代日本を代表する詩人です。一方、山田耕筰(1886~1965)は、日本の近代音楽を築いた作曲家・指揮者で、「赤とんぼ」「この道」「からたちの花」など、現在も親しまれている多くの歌曲や童謡を作曲しました。白秋と耕筰は親交が深く、「ペチカ」のほかにも「待ちぼうけ」「この道」「砂山」など、多くの名作を生み出しています。

なお、「ペチカ」はロシア民謡だと思われることがありますが、ロシア民謡ではなく、日本の詩人・作曲家によって作られた作品です。白秋は「ペチカ」の作詞当時にはまだ満洲を実際には訪れておらず、後の昭和5年(1930年)に南満洲鉄道の招きで満洲を旅行しています。

ペチカ


ペチカ   作詞:北原 白秋/作曲:山田 耕筰

1 
雪のふる夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょ
むかしむかしよ 燃えろよペチカ

2 
雪のふる夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ おもては寒い
栗や栗やと 呼びますペチカ

3 
雪のふる夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ じき春来ます
いまに楊も 萌えましょペチカ

4 
雪のふる夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ 誰だか来ます
お客さまでしょ うれしいペチカ

5 
雪のふる夜は たのしいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょ
火の粉ぱちぱち はねろよペチカ

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