母の歌(下総 皖一)

童謡・唱歌

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作詞:野上弥生子
作曲:下総皖一
発表:「1942年(昭和17年)発表(1943年刊行・掲載)」

「母の歌」は、作家・野上弥生子(のがみ やえこ)が作詞し、作曲家・下総皖一(しもふさ かんいち)が曲をつけた文部省唱歌です。1942年(昭和17年)12月に発行された国民学校初等科第五学年用の音楽教科書『初等科音楽 三』に掲載されました。

歌は「母こそは命のいずみ」という言葉から始まり、母を生命の源として讃えています。わが子を胸に抱く母の姿を描きながら、二番では「み国の力」として、戦地へ向かう子どもを送り出す母の姿が歌われます。そして三番では、母を「千年の光」として、人の世が続く限り輝く存在として讃えています。

このように、「母の歌」は母への愛情や尊敬を歌った作品である一方、戦時中に作られた唱歌であることから、当時の社会状況を色濃く反映しています。特に二番の歌詞には、子どもを戦争へ送り出す母の姿が描かれており、現在の視点から聴くと、母の愛情だけでなく、戦争によって家族が背負わされた苦悩や悲しみも感じ取ることができます。

作曲した下総皖一は、「たなばたさま」などで知られる作曲家で、日本の学校音楽に多くの作品を残しました。「母の歌」では、荘重で伸びやかな旋律によって、歌詞に描かれた母の姿を力強く表現しています。

母の歌


作詞:野上 弥生子   作曲:下総 皖一 
            歌詞は著作権保護期間中のため掲載しません。   

この唱歌が刊行・掲載された昭和18年といえば当時はまだ戦争中で、連合艦隊司令長官「山本五十六」が戦死した年でもあります。

2番の歌詞は戦争に我が子を送り出した母の姿が勇ましく歌われています、これも戦時下のことであり、母親の本心であろうはずもありません。この歌が戦後に歌われないのは2番の歌詞のためでしょう、メロディー、歌詞ともに素晴らしいのに残念なことです。

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