琵琶湖周航の歌

流行歌・民謡・古謡

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作詞:小口太郎
作曲:吉田千秋(原曲「ひつじぐさ」)
発表・成立:1917年(大正6年)
※1918年(大正7年)に完成したともいわれます。

「琵琶湖周航の歌」は、旧制第三高等学校(現在の京都大学)の学生歌として生まれた、琵琶湖を象徴する名曲です。

1917年(大正6年)6月、第三高等学校水上部(ボート部)の学生だった小口太郎が、仲間と琵琶湖を周航した際、今津(現在の滋賀県高島市)に宿泊しました。その夜、小口太郎が琵琶湖の風景や旅情を詠んだ詩を仲間に披露したのが、この歌の始まりとされています。

小口の歌詞には、霧の立ちこめる湖面、緑の松、白い砂浜、竹生島、長浜など、琵琶湖周辺の美しい風景が描かれています。単なる観光の歌ではなく、湖上を旅する若者の孤独や恋、青春への憧れなどが重ね合わされているところに、この歌の大きな魅力があります。

この歌のメロディーには、吉田千秋が1915年(大正4年)に発表した「ひつじぐさ」の曲が使われました。「ひつじぐさ」は、吉田千秋が英詩をもとに作った歌曲で、当時、学生たちの間で親しまれていました。小口の詩をこのメロディーに合わせて歌ったことから、今日知られている「琵琶湖周航の歌」が生まれました。

長い間、この曲の原作者については詳しく知られていませんでしたが、1993年(平成5年)になって、原曲「ひつじぐさ」の作曲者が吉田千秋であることが明らかになりました。その後も「琵琶湖周航の歌」は第三高等学校、そして京都大学の学生歌として歌い継がれました。

昭和46年(1971年)には加藤登紀子が歌い大ヒットしましたが、吉田千秋が「琵琶湖周航の歌」の原曲の作曲者と判明したのは平成5年(1993年)でした。
これについては新潟市秋葉区のサイトで詳しく説明されています。
https://www.city.niigata.lg.jp/akiha/about/kankou/culture/motto/chiaki.html

尚、小口太郎と吉田千秋は大正時代にともに20代で亡くなっており、同じ年代を生きましたが互いに面識は無かったそうです。

吉田千秋:1895年(明治28年)2月18日 - 1919年(大正 8年)2月24日 24歳で永眠
小口太郎:1897年(明治30年)8月30日 - 1924年(大正13年)5月16日 26歳で永眠
(参考資料:Wikipedia・琵琶湖周航の歌)

琵琶湖周航の歌



琵琶湖周航の歌    
作詞:小口 太郎/作曲:吉田 千秋

1 
われは湖の子 さすらいの
旅にしあれば しみじみと
昇る狭霧や さざなみの
滋賀の都よ いざさらば

2 
松は緑に 砂白き
雄松が里の 乙女子は
赤い椿の 森陰に
儚い恋に 泣くとかや

3 
波のまにまに 漂えば
赤い泊火 懐かしみ
行方定めぬ 波枕
今日は今津か 長浜か

4 
瑠璃の花園 珊瑚の宮
古い伝えの 竹生島
仏の御手に 抱かれて
眠れ乙女子 やすらけく

5 
矢の根は深く 埋もれて
夏草しげき 堀のあと
古城にひとり 佇めば
比良も伊吹も 夢のごと

6 
西国十番 長命寺
汚れの現世 遠く去りて
黄金の波に いざ漕がん
語れ我が友 熱き心

☆  2番の「雄松」とは「クロマツ」のことです。

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