作曲:成田為三(1893~1945)
作成:1942年(昭和17年)
出版:1943年(昭和18年)
「君が代変奏曲」は、「浜辺の歌」などで知られる作曲家・成田為三が、「君が代」の旋律を主題として作曲したピアノ独奏曲です。作品は1942年に作曲されたとされ、翌1943年(昭和18年)に楽譜が出版されました。
成田為三は1893年、秋田県に生まれ、東京音楽学校で学んだ後、1922年から1926年までドイツのベルリンに留学しました。歌曲や童謡で広く知られていますが、ピアノ曲や室内楽などにも取り組んだ本格的な作曲家でした。
この作品では、「君が代」の旋律をそのまま繰り返すのではなく、主題をさまざまな形に変化させながら、ピアノ独奏曲として発展させています。作品は「主題」に続いて複数の変奏から構成され、全体の演奏時間は約13分30秒です。
「変奏曲」とは、一つの主題となる旋律をもとに、リズムや音型、和声、速度などを変化させて展開していく形式です。成田為三は「君が代」の特徴的な旋律を素材としながら、ピアノの響きを生かした重厚な音楽へと発展させています。
「浜辺の歌」などから受ける親しみやすい成田為三のイメージとは異なり、「君が代変奏曲」には作曲家としての高度な技法と本格的な音楽性が表れています。現在では演奏される機会が多い作品ではありませんが、日本の旋律を西洋クラシック音楽の変奏曲という形式で扱った作品として、成田為三の知られざる一面を伝える重要なピアノ曲といえるでしょう。
私がこの曲を知ったのは五年前くらいでしょうか、成田為三のことを調べていて偶然に知った曲です。そして初めて聞いたときは衝撃を受けた曲です。いつかはこの曲を扱いたいと思っていました、大作で楽譜も細かく時間がかかりましたが一応の完成となったのでアップしてみました。
君が代変奏曲
成田為三の代表作といえば「浜辺の歌」でしょうが、この君が代変奏曲ももっと演奏されてもいいと思います。日本にも戦前にこれだけの作曲をする人がいた、というだけでも驚きです。
成田為三について 1893年(明治26年)〜1945年(昭和20年)
大正時代の童謡の作曲家として知られています。21歳で東京音楽学校(現・東京藝術大学)に入学、また個人的に山田耕筰に作曲を学ぶ。在学中に林古渓の詩「浜べ」をもとに「浜辺の歌」を作曲し、このデビュー作が彼の代表作となっています。
卒業後は小学校の音楽の先生をしながら作曲を続け,童話雑誌『赤い鳥』に「かなりや」、「りす りす こりす」、「赤い鳥小鳥」など多くの童謡を発表しています。
彼はその後28歳からドイツに4年間留学して作曲を学び、帰国後は学校で音楽を教えながら作曲を続けました。童謡以外にも多くのピアノ曲や管弦楽曲などがありましたが、残念なことにその多くは空襲で失われました。
音楽理論に長けた本格的な作曲家であり、研究者の調査ではこれまでに300曲以上が確認されているそうで、日本の音楽界に果たした役割の大きさが再認識されています。

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