牛若丸(文部省唱歌)

童謡・唱歌

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「牛若丸」は、源義経(牛若丸)と武蔵坊弁慶が京都・五条橋で対決する場面を題材にした、明治時代の代表的な文部省唱歌です。

発表年:1911年(明治44年)
掲載:『尋常小学唱歌 第一学年用』
作詞:不詳(文部省唱歌)
作曲:不詳(文部省唱歌)

「牛若丸」は、1911年(明治44年)に文部省が編纂した『尋常小学唱歌 第一学年用』に収録された文部省唱歌です。

歌詞は、「京の五条の橋の上」で、牛若丸と弁慶が対決する有名な場面を描いています。長い薙刀(なぎなた)を振り上げて襲いかかる弁慶に対して、牛若丸は軽々と飛び退き、扇を投げつけて挑発します。そして欄干の上を巧みに動き回り、燕(つばめ)のような素早い身のこなしで弁慶を翻弄します。

わずか三番の短い歌詞の中に、勇ましい弁慶と、身軽で機敏な牛若丸の姿が生き生きと描かれているのが特徴です。特に「前やうしろや右左」「ここと思へば又あちら」という表現からは、牛若丸が縦横無尽に動き回る様子が目に浮かびます。

題材となっている牛若丸は、後の源義経(みなもとのよしつね)の幼名です。源義経は平安時代末期に活躍した武将で、兄・源頼朝とともに平氏を滅ぼした人物として知られています。また、弁慶との五条橋での出会いは、後世の伝説や物語によって広く知られるようになったものです。

「牛若丸」は、作詞者・作曲者の個人名が記録されていない文部省唱歌の一つです。当時の文部省唱歌では、個々の作詞者・作曲者を表示せず、「文部省唱歌」として掲載する方式がとられていました。そのため、現在も一般に作詞・作曲者は「不詳」とされています。
 
なお、「牛若丸」という題名の歌には、明治34年(1901年)の『幼年唱歌』に掲載された石原和三郎作詞・田村虎蔵作曲の同名曲もあります。こちらは別の作品であるため、文部省唱歌の「牛若丸」と混同しないよう注意が必要です。

牛若丸



源義経については多くの方がご存じでしょうが、「武蔵坊弁慶」については名前くらいで詳しいことはご存じない方が多いかと思います。

元は比叡山の僧兵で、義経と出会ってからはその従者となり最後まで仕えたとされていますが、物語の中の弁慶の最後は壮絶です。

藤原泰衡が義経を襲った時に多数の敵勢を相手に弁慶は、義経を守って堂の入口に立って薙刀を振るい孤軍奮闘しましたが、雨の様な敵の矢を身体に受けて立ったまま絶命し、その最期は「弁慶の立往生」の言葉となって後世に語り継がれました。(参考資料:Wikipedia 武蔵坊弁慶)

牛若丸      文部省唱歌
1 
京の五条の 橋の上
大のおとこの 弁慶は
長い薙刀 ふりあげて
牛若めがけて 切りかかる

2 
牛若丸は 飛び退いて
持った扇を 投げつけて
来い来い来いと 欄干の
上へあがって 手を叩く

3 
前やうしろや 右左
ここと思えば またあちら
燕のような 早業に
鬼の弁慶 あやまった

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