作歌:大伴家持(おおともの やかもち)
作曲:信時潔(のぶとき きよし)
発表・作曲:1937年(昭和12年)
「海ゆかば」は、奈良時代の歌人・大伴家持が『万葉集』巻十八に収めた長歌の一節を歌詞として、作曲家・信時潔が曲を付けた歌曲です。1937年(昭和12年)、日本放送協会の委嘱によって作曲され、翌1938年に放送されました。
歌詞のもとになったのは、『万葉集』巻十八の「賀陸奥国出金詔書歌(陸奥国より金を出せる詔書を賀ける歌)」で、そこから「海ゆかば 水漬く屍、山ゆかば 草生す屍、大君の 辺にこそ死なめ、かへりみはせじ」という部分が採られています。
古代の歌では、大伴氏が代々仕えてきたという忠誠の思いが歌われています。信時潔の曲は、重厚で簡潔な旋律によってこの歌詞の持つ厳粛な雰囲気を強く引き出しています。
1937年という時代背景も、この曲を理解するうえで重要です。当時の日本では戦時体制が強まり、「海ゆかば」は国民歌謡として広く歌われるようになりました。その後、戦争の激化に伴って戦没者を悼む場などでも歌われ、戦時下を象徴する歌の一つとして知られるようになります。
なお、「海ゆかば」の歌詞には、1880年(明治13年)に東儀季芳が曲を付けた先行作品もあります。信時潔の「海ゆかば」は、それとは別に1937年に作曲された作品です。
現在では、戦時下の歴史を伝える歌曲として、その成立した時代背景とともに捉えられています。古代の『万葉集』の歌が、約1200年後に新たな旋律を得て歌われたという点でも、興味深い作品です。
海ゆかば
海ゆかば 作歌:作曲/大伴家持:信時 潔
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(む)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへり見はせじ
歌詞の大意は「戦いで海に行くなら水に漬かる屍となり、山に行くなら草の生える屍となろう。天皇(大伴家持が仕えていた奈良時代の「第45代 聖武天皇」)をお守りして死ぬのなら、決して後悔はしない。」といった内容です。

0 件のコメント:
コメントを投稿