砂 山(中山 晋平)

童謡・唱歌

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 『砂山』には「中山晋平」作曲版と「山田耕筰」作曲版の二つがあり、ここでは「中山晋平」作曲版についての解説です。

作詞:北原白秋(きたはら はくしゅう)
作曲:中山晋平(なかやま しんぺい)
発表:1922年(大正11年)

「砂山」は、北原白秋作詞・中山晋平作曲による、大正時代を代表する童謡の一つです。1922年(大正11年)に発表されました。


この作品が生まれたきっかけは、1922年に北原白秋が新潟を訪れたことでした。白秋は新潟の童謡音楽会に招かれ、地元の小学生たちから新潟にちなんだ歌を作ってほしいと頼まれました。そして、佐渡を望む海辺の風景から着想を得て詩を書き、中山晋平が曲をつけました。

歌の冒頭の「海は荒海、向こうは佐渡よ」という言葉からは、日本海の荒々しい海と、その向こうに浮かぶ佐渡島の雄大な景色が目に浮かびます。夕暮れが近づくにつれて、砂山で遊んでいた子どもたちや雀たちが少しずつ帰っていく様子が描かれ、次第に海辺が静けさを取り戻していきます。

「すずめ啼け啼け」「みんな呼べ呼べ」「すずめちりぢり」「みんなちりぢり」といった繰り返しの表現も印象的です。明るく遊んでいた昼間から、日が暮れ、風が荒れ、誰もいなくなる夕暮れへ――。その情景の変化が、短い歌の中に美しく凝縮されています。

歌詞のモデルとされる新潟市の寄居浜には、公園が整備され「砂山」の歌碑が建立されているそうです。

また、「砂山」は現在よく知られている山田耕筰作曲の「砂山」もあります。同じ北原白秋の詩に別の旋律をつけたもので、中山晋平版とは異なる音楽的な魅力を持っています。中山晋平版は1922年に発表され、山田耕筰版はその後に作曲されました。

「山田耕筰」作曲版に移動できます。

中山晋平の旋律は、海辺で遊ぶ子どもたちの姿を感じさせる親しみやすさと、夕暮れの寂しさをあわせ持っています。楽しいだけの童謡ではなく、子どもたちが帰った後の海辺の静けさや、日本海の荒々しい自然まで感じさせるところに、この曲の大きな魅力があります。

 砂 山(中山 晋平)

  
うた   
                          

演奏

砂 山   作詞:北原 白秋/作曲:中山 晋平

1 
海は荒海 向うは佐渡よ
すずめ啼け啼け もう日は暮れた
みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ

2 
暮れりゃ砂山 汐鳴りばかり
すずめちりぢり また風荒れる
みんなちりぢり もう誰も見えぬ

3 
かえろかえろよ 茱萸原わけて
すずめさよなら さよならあした
海よさよなら さよならあした

茱萸原(ぐみはら)⇒ 木の実の「ぐみ」の木が生い茂っているところ。

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