作詞:石松秋二
作曲:能代八郎
発表年:1939年(昭和14年)
歌:塩まさる
「九段の母」は、昭和14年(1939年)に発表された戦前の流行歌で、塩まさるの歌唱によって広く知られるようになりました。作詞は石松秋二、作曲は能代八郎です。
歌は、故郷から上京してきた母親が、亡くなった息子が祀られている靖国神社を訪ねる姿を描いています。上野駅から九段までの道もよく分からず、杖を頼りに一日がかりで九段坂までたどり着く母の姿には、素朴な親子愛と深い哀しみが込められています。
神として祀られた息子を前に、母は誇らしさと感激の涙を流します。一方で、戦争によって息子を失った母親の心情を描いた歌でもあり、当時の社会における戦争と家族の姿を知るうえでも象徴的な作品です。
「九段の母」は、戦時下に作られた「軍国歌謡」の一つとして、戦没者を称える当時の価値観を反映しています。しかし、その背景には、息子に会いたいという母親の切実な愛情があり、現在では戦時下の庶民の心情を伝える歌としても捉えられています。
この歌は当時大ヒットしたと言うことですが、この歌詞を読んでの感じ方は年代によって違うでしょう。2番の歌詞では、いくら国のためとはいえ子供が死んで嬉しいわけはありませんが、当時としてはこのように思うしかなかったのですね。
現在の平和な日本で暮らせることの有り難さに感謝して、こういう時代もあったということを忘れないで過ごしたいと思います。
九段の母
九段の母
作詞:石松 秋二/作曲:能代 八郎(佐藤 富房)
1
上野駅から 九段まで
かってしらない じれったさ
杖をたよりに 一日がかり
せがれきたぞや 会いにきた
2
空をつくよな 大鳥居
こんな立派な おやしろに
神とまつられ もったいなさよ
母は泣けます うれしさに
3
両手あわせて ひざまずき
おがむはずみの おねんぶつ
はっと気づいて うろたえました
せがれゆるせよ 田舎もの
4
鳶が鷹の子 うんだよで
いまじゃ果報が 身にあまる
金鵄勲章が みせたいばかり
逢いにきたぞや 九段坂

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