作詞:不詳
作曲:島崎赤太郎(1874-1933)
作曲年:1931年(昭和6年)頃
「田舎の冬」は、冬の農村の静かな情景を描いた唱歌です。作詞者は不詳で、作曲は島崎赤太郎によるものとされています。1931年(昭和6年)頃に作られ、翌1932年(昭和7年)刊行の『新尋常小学唱歌』第五学年に掲載されました。
歌は「ましろに おく霜 峰の雪」という清らかな冬景色から始まります。霜に覆われた朝の村、雪をいただく山、刈り田の案山子(かかし)、田畑を飛び交う雀など、冬の農村の日常が目に浮かぶように描かれています。
二番では、日なたで古着を繕う人の姿や、軒先で解け始める垂氷(たるひ)、柿の実などが登場します。そして三番では、囲炉裏の煙、枯野を吹く風、夕暮れの空、鎮守の森へと場面が移り、一日の終わりを迎えます。
各節に繰り返される「ほういほい ほういほい」という掛け声も、この歌の大きな特徴です。村雀や寒烏、渡り鳥の声を思わせるこの素朴な響きが、静かな冬景色の中に生命感を与えています。
島崎赤太郎は、東京音楽学校の教授として日本の音楽教育に尽力した人物で、学校唱歌の編纂にも深く関わりました。「田舎の冬」では、短調を基調とした落ち着いた旋律によって、冬の寒さだけでなく、古き農村の静けさや懐かしさを感じさせる音楽に仕上げています。
作曲:島崎赤太郎(1874-1933)
作曲年:1931年(昭和6年)頃
「田舎の冬」は、冬の農村の静かな情景を描いた唱歌です。作詞者は不詳で、作曲は島崎赤太郎によるものとされています。1931年(昭和6年)頃に作られ、翌1932年(昭和7年)刊行の『新尋常小学唱歌』第五学年に掲載されました。
歌は「ましろに おく霜 峰の雪」という清らかな冬景色から始まります。霜に覆われた朝の村、雪をいただく山、刈り田の案山子(かかし)、田畑を飛び交う雀など、冬の農村の日常が目に浮かぶように描かれています。
二番では、日なたで古着を繕う人の姿や、軒先で解け始める垂氷(たるひ)、柿の実などが登場します。そして三番では、囲炉裏の煙、枯野を吹く風、夕暮れの空、鎮守の森へと場面が移り、一日の終わりを迎えます。
各節に繰り返される「ほういほい ほういほい」という掛け声も、この歌の大きな特徴です。村雀や寒烏、渡り鳥の声を思わせるこの素朴な響きが、静かな冬景色の中に生命感を与えています。
島崎赤太郎は、東京音楽学校の教授として日本の音楽教育に尽力した人物で、学校唱歌の編纂にも深く関わりました。「田舎の冬」では、短調を基調とした落ち着いた旋律によって、冬の寒さだけでなく、古き農村の静けさや懐かしさを感じさせる音楽に仕上げています。
田舎の冬
うた
演奏
1
ましろにおく霜 峰の雪
しずかにさめくる 村の朝
ホウイホイ ホウイホイ むら雀
かり田のかかしに ひの光
2
ひなたにつづるは 古ごろも
軒には垂氷(たるひ)の とくる音
ホウイホイ ホウイホイ かん烏
門辺の枝には 柿二つ
3
いろりにほだたく 夕けむり
枯野に風立ち 日のくるる
ホウイホイ ホウイホイ 渡り鳥
鎮守の林に 宿かさん
むら雀 ⇒ 群れている雀。
かり田 ⇒ 稲を刈り取ったあとの田んぼ。
ひなたにつづるは 古ごろも ⇒ 日向に古い着物をぶら下げておくようす。
たるひ ⇒ 垂氷と書いて、雨や雪などの水滴が凍って垂れ下がった「つらら」のこと。
とくる ⇒融くると書く。融けること。
かん烏 ⇒ 寒烏のことで、冬の烏のこと。
ほだ ⇒ 榾(ほだ・ほた)と書き、囲炉裏や焚火などに使う木の枝などのこと。

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